毎週水曜日は伴奏あわせの日です。昨日は主人の退院日だったのですが、伴奏合わせも昨日を入れたらあと3回しか日が取れなかったので、申し訳ない思いのまま、1人で病院から帰ってきてもらいました。
子供を幼稚園に送ってから、電車で1時間揺られて伴奏者宅へ行きますが、その1時間は1人で行動出来る貴重な時間でもあり、イメージトレーニングの時間になります。
どうも、毎日うまく時間が取れずに歌う練習があまり出来ないので少し焦っています。いろいろ試行錯誤していくうち、曲目変更して少しやりやすくはなったものの、歌いこみがたらない曲と長年歌いこんできた曲の差が激しいなあ〜と実感です。
来月のコンサートはお店でのコンサート、持ち時間2時間。前半と後半に分けておしゃべりしながら2ステージ。前半は童謡、日本歌曲、歌曲、アリアと真剣モードで声楽を。後半は当初いろいろ新境地をいろいろ開拓しようという試みも、合わせの時間が足りず、結局お客様サービスでカンツォーネと、その後はいつものガーシュインの本番貯金を使ういつものパターンに落ち着いて(ピアニストには大迷惑だったか?!)少し気が楽になりました。が、そんな中にも新曲を交えたりしてまた苦労を増やしています。
曲を決めた時の元気な状態と今は少し変わっていて、ちょっとやりすぎ?!なんて思いつつも、まあこれも試練と思って頑張るしかないかな〜
問題は専門的な曲がなかなか仕上がらないってこと・・・
「藤の花」「花の春告げ鳥」マノンレスコーと蝶々婦人の2曲のアリア、この4曲に魂を吹き込む作業・・・困難極まりなく、歌いこみと弾き込みの足らない「花の春告げ鳥」と蝶々婦人のアリアはなかなか曲を最後まで通せないので苦労しています。伴奏者と二人で部分練習に徹するものの通すとぐだぐだになってしまい、なかなか通らなくて苦労大です。
今回思ったことは、演奏会がなくとも伴奏あわせには行かなくてはね〜ってこと・・・ついついサボっていてはなかなか歌いこめない。
これが他の音楽と声楽の違いだろうか。うまく書けないけど声楽は伴奏も覚えてしまわないと音楽を感じて歌えない・・・
伴奏者もある程度は歌を歌える状態でないと伴奏できない・・・
それにしても声楽の曲って、
本当にうまく出来てるよな〜、
やはり芸術作品だなあ〜と改めてしみじみ感じ、
それを表現する喜びが大きいのも事実。
こんな醍醐味のあるものはないよな〜と・・・
あと約1ヶ月をきりましたが、伴奏合わせはあと2回しかないので
体調管理も大変になってきました。風邪を引く暇もないし、歌で声を使う以外に、子供を怒ったりして声を使ってしまうことも多く、又、子供の習い事で知ってるお母さんに会ってしまったら1時間お喋りタイムになってしまう・・・子供の習い事は週3回・・・さらに家の教室のレッスンでまた声を使ってしまう・・・
こんな状態は本番を控えてなければ、日常のことで問題ないのですが、やはり声楽メインのコンサートだと、これから先は歌うこと以外の声をセーブしながらにしないと保たないような気がしてきました。だんだん無口になっていく自分を感じつつ、子供にも怒り過ぎないように急に甘い親になったりして、勝手なもんです(^^)そのうち子供にも気づかれたりして・・・
今日も頑張ろう〜♪
子供を幼稚園に送ってから、電車で1時間揺られて伴奏者宅へ行きますが、その1時間は1人で行動出来る貴重な時間でもあり、イメージトレーニングの時間になります。
どうも、毎日うまく時間が取れずに歌う練習があまり出来ないので少し焦っています。いろいろ試行錯誤していくうち、曲目変更して少しやりやすくはなったものの、歌いこみがたらない曲と長年歌いこんできた曲の差が激しいなあ〜と実感です。
来月のコンサートはお店でのコンサート、持ち時間2時間。前半と後半に分けておしゃべりしながら2ステージ。前半は童謡、日本歌曲、歌曲、アリアと真剣モードで声楽を。後半は当初いろいろ新境地をいろいろ開拓しようという試みも、合わせの時間が足りず、結局お客様サービスでカンツォーネと、その後はいつものガーシュインの本番貯金を使ういつものパターンに落ち着いて(ピアニストには大迷惑だったか?!)少し気が楽になりました。が、そんな中にも新曲を交えたりしてまた苦労を増やしています。
曲を決めた時の元気な状態と今は少し変わっていて、ちょっとやりすぎ?!なんて思いつつも、まあこれも試練と思って頑張るしかないかな〜
問題は専門的な曲がなかなか仕上がらないってこと・・・
「藤の花」「花の春告げ鳥」マノンレスコーと蝶々婦人の2曲のアリア、この4曲に魂を吹き込む作業・・・困難極まりなく、歌いこみと弾き込みの足らない「花の春告げ鳥」と蝶々婦人のアリアはなかなか曲を最後まで通せないので苦労しています。伴奏者と二人で部分練習に徹するものの通すとぐだぐだになってしまい、なかなか通らなくて苦労大です。
今回思ったことは、演奏会がなくとも伴奏あわせには行かなくてはね〜ってこと・・・ついついサボっていてはなかなか歌いこめない。
これが他の音楽と声楽の違いだろうか。うまく書けないけど声楽は伴奏も覚えてしまわないと音楽を感じて歌えない・・・
伴奏者もある程度は歌を歌える状態でないと伴奏できない・・・
それにしても声楽の曲って、
本当にうまく出来てるよな〜、
やはり芸術作品だなあ〜と改めてしみじみ感じ、
それを表現する喜びが大きいのも事実。
こんな醍醐味のあるものはないよな〜と・・・
あと約1ヶ月をきりましたが、伴奏合わせはあと2回しかないので
体調管理も大変になってきました。風邪を引く暇もないし、歌で声を使う以外に、子供を怒ったりして声を使ってしまうことも多く、又、子供の習い事で知ってるお母さんに会ってしまったら1時間お喋りタイムになってしまう・・・子供の習い事は週3回・・・さらに家の教室のレッスンでまた声を使ってしまう・・・
こんな状態は本番を控えてなければ、日常のことで問題ないのですが、やはり声楽メインのコンサートだと、これから先は歌うこと以外の声をセーブしながらにしないと保たないような気がしてきました。だんだん無口になっていく自分を感じつつ、子供にも怒り過ぎないように急に甘い親になったりして、勝手なもんです(^^)そのうち子供にも気づかれたりして・・・
今日も頑張ろう〜♪
日中はまだまだ暑いですが、朝晩の風は涼しく過ごしやすくなってきましたね。そろそろ秋の予感です。
暑さの厳しい夏はついつい冷房のついたお部屋でいるのが一番でしたが、過ごしやすい季節になると外に出たくなりますね。
私の場合、主な外出は子供と公園遊び・・・
最近の我が息子は、走ったら鉄砲玉のように速くて、
さすがに私も追いつけません。
息子「ママ、かけっこやで〜!!ヨーイッドン!!!」
私 「待って〜っ!!速すぎるやん!!!ワーーーーっ」
という会話がしょっちゅう。ゴールにつくやいなや、
また元の位置に向かって、
息子「よっしゃ!もう一回!ヨーイッドン!!!」
私「・・・あかん、もう走れん・・・」
はあはあと息切れして、息子についていけない私・・・
どうして子供ってあんなに体力があるのかしら?!
それに比べて私なんて、変わりかけの信号に向かって走ったり、
駅の階段を走ったりしたら、もう体力を使い果たしたような脱力感でそのあとの生活にも響く始末・・・
確かに運動不足です。夏の暑さのせいにしてはいけませんが、ついついぐうたらとクーラーの部屋で快適にだらだらしたせいか、やけにビールもおいしかったこの夏・・・体を動かすことを忘れていた気がします。
でも、このままではいけない・・・
この息切れとこのたるんだ腹・・・
その上朝起きたときは、夏の冷房のつけが回ったのか妙に体がぎしぎしするし・・・
ストレッチしてもこわばった体が思うように動かずつい断念・・・
健康とはバランスのとれた食事と適度な運動ですよね。
でも適度な運動って、なかなか毎日の生活の中では無理な人も多いはず・・・
そこで最近ほしのあきのCMでよく見る話題の振動マシーン
スリムシェーカーをチェックしてみました。
うーん、これなら出来そうな予感!!
理由は
10分間揺られるだけでいいからです!!
使用方法といっても、基本的に振動するステップに乗るだけ、短時間で済むしわざわざ外出する必要もありません。
ワンコインフィットネスもいいけど、お天気が悪かったり、時間がなかったり、それに行くのが面倒だったりしませんか?!
お家にスリムシェーカーがあれば、いつでも好きなときに出来ますね。自宅で出来るエクササイズなどんな格好でも平気だし、他人の目も気にならないし、本当にリラックスして好きなようにトレーニングできちゃいますね。
ステップに自分の気になるところを乗せて振動させてみたり、つま先立ちや、膝を曲げたりして、いろんな工夫をして自分の体の気になるところを揺らしてあげるだけ!
揺れ方や時間の調節も簡単!
体を支えるハンドル付きなので安心して乗れますね!
移動用ローラーもついているので本体も楽々移動させれます!
ステップ板は立つ以外に、手で身体を支えるなど
様々な使い方が可能!
なんとこのスリムシェーカー、人気商品で品切れ中なんだそうです。
次回入荷が10月初旬とのこと。
その際、49800円の商品が39800円で提供されるんですって!
食欲の秋だというのにダイエットのことばかり考えて、食を楽しめないなんてもったいないですよね。スリムシェーカーで毎日10分揺られて、おいしい秋の食材を楽しむのも良いですよね。
毎日10分揺られて楽しく運動!
この秋はスリムシェーカー
一押しです!!
暑さの厳しい夏はついつい冷房のついたお部屋でいるのが一番でしたが、過ごしやすい季節になると外に出たくなりますね。
私の場合、主な外出は子供と公園遊び・・・
最近の我が息子は、走ったら鉄砲玉のように速くて、
さすがに私も追いつけません。
息子「ママ、かけっこやで〜!!ヨーイッドン!!!」
私 「待って〜っ!!速すぎるやん!!!ワーーーーっ」
という会話がしょっちゅう。ゴールにつくやいなや、
また元の位置に向かって、
息子「よっしゃ!もう一回!ヨーイッドン!!!」
私「・・・あかん、もう走れん・・・」
はあはあと息切れして、息子についていけない私・・・
どうして子供ってあんなに体力があるのかしら?!
それに比べて私なんて、変わりかけの信号に向かって走ったり、
駅の階段を走ったりしたら、もう体力を使い果たしたような脱力感でそのあとの生活にも響く始末・・・
確かに運動不足です。夏の暑さのせいにしてはいけませんが、ついついぐうたらとクーラーの部屋で快適にだらだらしたせいか、やけにビールもおいしかったこの夏・・・体を動かすことを忘れていた気がします。
でも、このままではいけない・・・
この息切れとこのたるんだ腹・・・
その上朝起きたときは、夏の冷房のつけが回ったのか妙に体がぎしぎしするし・・・
ストレッチしてもこわばった体が思うように動かずつい断念・・・
健康とはバランスのとれた食事と適度な運動ですよね。
でも適度な運動って、なかなか毎日の生活の中では無理な人も多いはず・・・
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うーん、これなら出来そうな予感!!
理由は
10分間揺られるだけでいいからです!!
使用方法といっても、基本的に振動するステップに乗るだけ、短時間で済むしわざわざ外出する必要もありません。
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ステップに自分の気になるところを乗せて振動させてみたり、つま先立ちや、膝を曲げたりして、いろんな工夫をして自分の体の気になるところを揺らしてあげるだけ!
揺れ方や時間の調節も簡単!
体を支えるハンドル付きなので安心して乗れますね!
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次回入荷が10月初旬とのこと。
その際、49800円の商品が39800円で提供されるんですって!
食欲の秋だというのにダイエットのことばかり考えて、食を楽しめないなんてもったいないですよね。スリムシェーカーで毎日10分揺られて、おいしい秋の食材を楽しむのも良いですよね。
毎日10分揺られて楽しく運動!
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クラブメッドをご存知でしょうか。
クラブメッドとは50年以上も成長を続け、
今日では、25ヶ国に約85ヶ所バカンス村を運営する
世界有数の企業です。
それぞれのバカンス村は、
選び抜かれた美しい自然と調和した
その土地の風土や文化を生かしたデザインが取り入れられた
プライベートリゾートとなって魅力たっぷり、
その敷地内には、客室やスポーツ施設、シアター、レストラン、
ブティックなど充実した施設が揃っていて、
更に、G.O「ジーオー」と呼ばれる世界中から集まったスタッフが、
インストラクターやエンターティナーとして
楽しいバカンスのお手伝いをしてくれます。

そして何が嬉しいかというと、
旅行代金には航空運賃や宿泊費だけでなく、滞在中のお食事、スポーツなどの代金、
バーでのドリンクと軽食も含まれていることです。
質の高いメニューが豊富に用意され、自由に好きなだけ楽しむことができるこの
オールインクルーシブは、クラブメッドならではの特典といえるでしょう。
旅行中の食費やアクティビティの費用って結構かかるんですよね。
でも、クラブメッドのプレミアムオールインクルーシブだと
思い切りやりたいことを安心して楽しめますね。
そして今、世界に広がる新しいクラブメッドが体験出来る
期間限定のディスカバリーキャンペーン中です。
10月31日までに旅行を申し込むと、嬉しい割引があります。
海外パッケージツアーは大人(12歳以上)20000円、子供(2歳〜11歳)10000円、
沖縄・石垣島カビラパッケージツアーだと大人10000円、子供5000円がそれぞれ割引されます。
さらにオンライン申し込みだと大人1人に付き5000円割引
と、なんと嬉しいことでしょう!!!
そして、アジアリゾート(0歳〜1歳)、石垣島カビラ(0歳〜2歳)
子供さんの旅行代金は不要になります。
私はこのディスカバリーキャンペーンを利用してメキシコのカンクンへ行ってみたいな〜。
カンクンはよく映画なんかにも出てきて、私にとっては憧れのバカンス地なのです。
クラブメッドを利用したら、ジーオースタッフが旅行をサポートしてくれるので
初めての地でも安心して楽しめますよね。



さてさて、今週もまだ暑い日が続くんでしょうか。そろそろ秋の風が恋しくなりますよね。ところで、ユニバーサル スタジオ ジャパン、夏は「ユニバーサル・ウォーター・パレード」最高に面白かったですね。
そして今のUSJは、9月11日から10月31日まで、ハロウィン一色です。実は私も先週家族で行ってきました。が、何てことでしょう!!!入場ゲートでパスを入れようとしたら、お姉さんに、「今日は除外日で入れません」・・・なんということでしょう!!!
9月に除外日あったのか?!?!?!って大ショックでした。ゴールドパスなので除外日がぽつぽつあるのですが、まさか、9月にもあったなんて・・・
ゴールドパスの人はしっかりチェックしましょうね!!
さて私たちが楽しみにしていたのは、今年のUSJのハロウィン、
去年までとは一味も二味も違った面白さ満点の
ユニバーサル・ワンダー・ハロウィーンです。
中でもファッションデザイナー・ドン小西がハロウィンで盛り上がるパークを、斬って斬って斬りまくる企画、仮装で来場しているゲストや、パークのエンターテイナーまで、そのファッションを激辛チェックで斬りたおします。更にそのメッタ斬り動画も、ドン小西の「仮装革命 奮闘編」と称して毎週配信中!場内で見つけた、ボーダーTシャツを着てたフランケンシュタイン君に、ジャケットを着せたシーンは、その的確さにあっぱれ〜と思ってしまいました^^

又、ドン小西が審査員に決定、
「ハロウィン仮装 フォト&ビデオコンテスト」も開催中です。

USJに仮装して行けば思いがけずドン小西にメッタ斬りされちゃいそう?!?!?!
そんなドキドキワクワクしながらも楽しいですよね。
場内はレストランのメニューだってハロウィン一色、
スペシャルメニューもとても可愛いですよ!
子供たちだけのお楽しみ、「トリック オア トリート」では
お菓子をもらえるチャンス!!場内を探して見てね!!
ここに書ききれない位の楽しさが一杯のUSJ!
早く行かなきゃ!!!

ちょっと動くと汗ばんでしまうこの暑さ・・・今週からは秋の風が本当に吹くのかな?!
うちの猫たちもおもむろに床で「ばたッ!!」と寝ていることが多くなりました。
この写真、はキティちゃん。一体何を考えているのか?!
写真の後ろに写ってる新聞紙の内側はカブトムシの飼育Box、9月も終わりというのにまだ元気です。少し餌の減るペースも遅くなり、真夏の時期のように飛び回ってバトルもしなくなり、何か死に向かう日々を生きる命のはかなさも感じます。
その隣では孵り過ぎた幼虫たちがむしゃむしゃ土を食べて既に親指大にまで成長した子達もいて、違う箱への振り分けに日々、早く引き取り手が見つからないかな〜なんて思いながら、何故かいつも私が世話をする羽目に・・・私、虫は大の苦手なのに、なんでこんなことに・・・
夏バテ気味の時はおいしいものをたくさん食べて元気を出したいですね。
食欲の秋、こんな便利でお得な食材の宅配もありますよ(^^)
それにしてもことしの残暑はきついですね。
夏の疲れがでていませんか?!
ということで、
未だ続く暑さでお疲れ気味な主婦のみなさんへ
最近私のおススメ簡単レシピのご紹介です。
「ゴーヤサラダ」
ゴーヤといえばチャンプルーですが、
我が家ではスライスして生で食べます。
苦いんですが、でもこれがまた、
次の日も食べたくなるような
癖になるような苦さなのです。
さてレシピというと・・・
あまりにも簡単すぎて、
レシピと言えるほどのものではありませんが、
用意するもの
ゴーヤ
トマト 好きなだけ
(又はプチトマト)
みょうが
かつお節
ねぎ
ポン酢
分量は適宜お好きなように☆
以上です。
1・それぞれの野菜をスライスします。
ゴーヤ・・・薄切り
トマト・・・水気が出るのですぐ食べない時は種を取り除く
みょうが・・・みじん切り
ねぎ・・・みじん切り
2.切った野菜を器に入れてよーく冷やします。
3.食べる直前に大まかに混ぜて、トッピングのネギやかつお節をかけてポン酢をふりかける。
これだけです!

ポイントはよーく、冷やすことと、おいしいトマトを選ぶことでしょうか!!トマトの甘みとゴーヤの苦さ、そしてポン酢の酸っぱさが相まって、我が家では癖になってブームが来ております。
ゴーヤを生でなんて?!っっなんて声も聞こえてきそうですが、
まあ、一度は試してみる価値ありなヘルシーサラダです。
ビタミンたくさん摂取して
夏の疲れをふっとばせ〜ですね!
更にこの「ゴーヤサラダ」に合う食べ物はというと、
我が家は冷しゃぶと大根おろしを載せた「冷やしうどん」です。
うちでは、大人2人と幼児1人の家族ですがうどんは5玉です。
しかしこれを蒸し暑い外から帰った時に食べた日にゃあ、
うどん5玉では足りない勢いで食べておりまする!!
夏の疲れがでていませんか?!
ということで、
未だ続く暑さでお疲れ気味な主婦のみなさんへ
最近私のおススメ簡単レシピのご紹介です。
「ゴーヤサラダ」

ゴーヤといえばチャンプルーですが、
我が家ではスライスして生で食べます。
苦いんですが、でもこれがまた、
次の日も食べたくなるような
癖になるような苦さなのです。
さてレシピというと・・・
あまりにも簡単すぎて、
レシピと言えるほどのものではありませんが、
用意するもの
ゴーヤ
トマト 好きなだけ
(又はプチトマト)
みょうが
かつお節
ねぎ
ポン酢
分量は適宜お好きなように☆
以上です。
1・それぞれの野菜をスライスします。
ゴーヤ・・・薄切り
トマト・・・水気が出るのですぐ食べない時は種を取り除く
みょうが・・・みじん切り
ねぎ・・・みじん切り
2.切った野菜を器に入れてよーく冷やします。
3.食べる直前に大まかに混ぜて、トッピングのネギやかつお節をかけてポン酢をふりかける。
これだけです!

ポイントはよーく、冷やすことと、おいしいトマトを選ぶことでしょうか!!トマトの甘みとゴーヤの苦さ、そしてポン酢の酸っぱさが相まって、我が家では癖になってブームが来ております。
ゴーヤを生でなんて?!っっなんて声も聞こえてきそうですが、
まあ、一度は試してみる価値ありなヘルシーサラダです。
ビタミンたくさん摂取して
夏の疲れをふっとばせ〜ですね!
更にこの「ゴーヤサラダ」に合う食べ物はというと、
我が家は冷しゃぶと大根おろしを載せた「冷やしうどん」です。
うちでは、大人2人と幼児1人の家族ですがうどんは5玉です。
しかしこれを蒸し暑い外から帰った時に食べた日にゃあ、
うどん5玉では足りない勢いで食べておりまする!!
昨日は思いがけず登録サイト50万突破のA8.net
さんから入金がありました。
その額9250円!!
やった〜!!
7月分の報酬だそうです。
今までの未払い報酬額の表示がずっと4879円とあったので、
振込みまであと記事一件でも書けば5000円超えるよな〜なんて
のんきに思ってたら、その前にこんなに貯まってたとは露知らず、
Wの喜びでした。
ライター系とクリック広告、あとは100%還元の利用やら商品のお買い物まで上手に利用してキャッシュバックが嬉しいところ!
8月は夏休みでA8さんのライター系も私は一件も書けずで、今月もまだ手付かず・・・が、俄然やる気が沸いて来ました!
頑張ろう!
登録してない方は是非トライ!
A8モールでお買い物してキャッシュバックもあるし、合計5000円以上から振り込まれます!ライター系の記事の単価も100円台から250円、300円、時には1本400円など、多彩です!
興味のある方は
こちらから↓登録下さいね♪

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今までの未払い報酬額の表示がずっと4879円とあったので、
振込みまであと記事一件でも書けば5000円超えるよな〜なんて
のんきに思ってたら、その前にこんなに貯まってたとは露知らず、
Wの喜びでした。
ライター系とクリック広告、あとは100%還元の利用やら商品のお買い物まで上手に利用してキャッシュバックが嬉しいところ!
8月は夏休みでA8さんのライター系も私は一件も書けずで、今月もまだ手付かず・・・が、俄然やる気が沸いて来ました!
頑張ろう!
登録してない方は是非トライ!
A8モールでお買い物してキャッシュバックもあるし、合計5000円以上から振り込まれます!ライター系の記事の単価も100円台から250円、300円、時には1本400円など、多彩です!
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今日主人は入院しました。音年に試したインターフェロンを再度やることになったのです。2週間毎日一本ずつ注射を打ちます。副作用が出るので入院して薬に体を慣らすこととなります。退院後は1日おきか2日おきに自分で自宅で注射をすることになります。今日からしばらく息子と二人きりの寂しい我が家になります。子供が寂しくならないように、思い切り楽しく、そして私も怒り過ぎないよう気をつけて2週間二人とネコ2匹、そしてカブトムシ君たちとその幼虫45匹?!(増えすぎやん!!)とで頑張っていこうと思います。
さてここからが、2005年から2006年にかけての振り返りです
2005年9月末、転移した腎臓癌の肺腫瘍を取り除く手術に成功した主人。1度目の腎臓摘出の時は術後の治療はありませんでしたが、
今回は再発したということで、インターフェロンという注射をすることとなり、病院のベッドの都合で転院して2週間入院しました。
腎臓癌は抗がん剤が効かないので、再発したら、インターフェロンという注射を打つ治療があります。本やネットで調べてH2ブロッカーといわれる胃薬とインターフェロンを併用すると腫瘍が小さくなったとの情報を得て、それをコピー、担当医に見せて、「試してみる価値はある」とのお言葉を頂き、胃薬も処方してもらいました。
しかし、インターフェロンは副作用がきついのです。後に主人に出た副作用は、熱や関節痛、そしてうつ症状などが主でした。
主人いわく、インフルエンザにかかってる時のような症状が副作用の出てる感じらしいと・・・
え〜そんなのがずっと続くなんて体、きつすぎる・・・
と思った記憶が。
実は2004年夏に病気発覚してから、いろいろな健康食品を試しました。人から勧められたり、ネットで色々調べたりと。
病気発覚時の自覚症状は、食欲減退、肩こり、あと寝ても寝ても眠い・・・などでした。
腎臓摘出前に薬屋さんに勤めている知人に紹介されたメシマコブ。
やってみたところ、本人曰く、食欲がかなり戻ったとのこと。あの頃は何にでもすがりたく、思い切って続けてみました。一年は続けました。
しかし、高額だったのと、転移したりして、だんだん自宅に買いおいた分の消費も大変だったりして、在庫を飲み終えてメシマコブはやめました。
そのほかにも、フコイダンや、中国の漢方抗がん剤というものを個人輸入したりもしました。が、どれもお金がかかるばかりで今ひとつの反応でした。
その年の12月に、アメリカで腎臓癌の新薬が開発されたというニュースをネットで読みました。早く日本で承認されればと懇願しましたが、今だに承認されていません。
インターフェロンを開始してから年も越し、2006年を迎えましたが、
主人は自分で注射をしながら仕事にも復帰、多忙な日々を過ごしました。が、肺のCT検査で再び怪しい影が・・・その影も少しずつ大きくなりつつあり、再度転移かとの診断が下りつつある頃、インターフェロンの効果が出たのか、少しずつ影が消え始め、殆どなくなるほどにまでなりました。
主人はインターフェロンの副作用で体がしんどいのと、色々なストレスなどでイライラすることが増え、怪しい影も消えたので、インターフェロンを止めたいと医師に申し出ました。
その頃の主人は気持ちのコントロールが出来ないようになっていました。瞬間湯沸かし器状態で、いらつくとすぐ爆発状態でした。
夫婦の口げんかも増え私もストレスがたまり、子供も子供らしくふるまってるだけのことでも、主人には大変なことでもあり、私は別居を考えるほどでした(結局実行には至ってませんが)。
医師は、副作用が出たらその薬は中止するのが原則だからと、止めることを承諾してくれました。去年のゴールデンウィーク明けの話です。そしてやはり、注射をやめてからは、体が楽になって主人の精神状態も少しずつ安定してきたように感じました。
しかし、薬の副作用から開放されたのも束の間、その後の検診で、注射を止めたとたん、影はまた大きくなり始めてしまいました。
医師はインターフェロンの再開も少し口にしましたが、主人はあの副作用の辛さを思うと、再開する気にはなれず、手術の道を選びました。
しかし手術をするにあたっては、転移が1つだけなのが原則とのこと。手術の為に、他に転移していないか、頭と骨を調べました。
祈るような気持ちで検査結果を待ったのを覚えています。
どうかこれ以上転移してませんようにと・・・
祈りが届いたのか、転移は肺の一箇所だけとの所見で、
2006年9月始めに3度目の手術をしました。今度は左の肺を切りました。
続きはまた書きます
さてここからが、2005年から2006年にかけての振り返りです
2005年9月末、転移した腎臓癌の肺腫瘍を取り除く手術に成功した主人。1度目の腎臓摘出の時は術後の治療はありませんでしたが、
今回は再発したということで、インターフェロンという注射をすることとなり、病院のベッドの都合で転院して2週間入院しました。
腎臓癌は抗がん剤が効かないので、再発したら、インターフェロンという注射を打つ治療があります。本やネットで調べてH2ブロッカーといわれる胃薬とインターフェロンを併用すると腫瘍が小さくなったとの情報を得て、それをコピー、担当医に見せて、「試してみる価値はある」とのお言葉を頂き、胃薬も処方してもらいました。
しかし、インターフェロンは副作用がきついのです。後に主人に出た副作用は、熱や関節痛、そしてうつ症状などが主でした。
主人いわく、インフルエンザにかかってる時のような症状が副作用の出てる感じらしいと・・・
え〜そんなのがずっと続くなんて体、きつすぎる・・・
と思った記憶が。
実は2004年夏に病気発覚してから、いろいろな健康食品を試しました。人から勧められたり、ネットで色々調べたりと。
病気発覚時の自覚症状は、食欲減退、肩こり、あと寝ても寝ても眠い・・・などでした。
腎臓摘出前に薬屋さんに勤めている知人に紹介されたメシマコブ。
やってみたところ、本人曰く、食欲がかなり戻ったとのこと。あの頃は何にでもすがりたく、思い切って続けてみました。一年は続けました。
しかし、高額だったのと、転移したりして、だんだん自宅に買いおいた分の消費も大変だったりして、在庫を飲み終えてメシマコブはやめました。
そのほかにも、フコイダンや、中国の漢方抗がん剤というものを個人輸入したりもしました。が、どれもお金がかかるばかりで今ひとつの反応でした。
その年の12月に、アメリカで腎臓癌の新薬が開発されたというニュースをネットで読みました。早く日本で承認されればと懇願しましたが、今だに承認されていません。
インターフェロンを開始してから年も越し、2006年を迎えましたが、
主人は自分で注射をしながら仕事にも復帰、多忙な日々を過ごしました。が、肺のCT検査で再び怪しい影が・・・その影も少しずつ大きくなりつつあり、再度転移かとの診断が下りつつある頃、インターフェロンの効果が出たのか、少しずつ影が消え始め、殆どなくなるほどにまでなりました。
主人はインターフェロンの副作用で体がしんどいのと、色々なストレスなどでイライラすることが増え、怪しい影も消えたので、インターフェロンを止めたいと医師に申し出ました。
その頃の主人は気持ちのコントロールが出来ないようになっていました。瞬間湯沸かし器状態で、いらつくとすぐ爆発状態でした。
夫婦の口げんかも増え私もストレスがたまり、子供も子供らしくふるまってるだけのことでも、主人には大変なことでもあり、私は別居を考えるほどでした(結局実行には至ってませんが)。
医師は、副作用が出たらその薬は中止するのが原則だからと、止めることを承諾してくれました。去年のゴールデンウィーク明けの話です。そしてやはり、注射をやめてからは、体が楽になって主人の精神状態も少しずつ安定してきたように感じました。
しかし、薬の副作用から開放されたのも束の間、その後の検診で、注射を止めたとたん、影はまた大きくなり始めてしまいました。
医師はインターフェロンの再開も少し口にしましたが、主人はあの副作用の辛さを思うと、再開する気にはなれず、手術の道を選びました。
しかし手術をするにあたっては、転移が1つだけなのが原則とのこと。手術の為に、他に転移していないか、頭と骨を調べました。
祈るような気持ちで検査結果を待ったのを覚えています。
どうかこれ以上転移してませんようにと・・・
祈りが届いたのか、転移は肺の一箇所だけとの所見で、
2006年9月始めに3度目の手術をしました。今度は左の肺を切りました。
続きはまた書きます
来週18日から主人は治療の為に入院です。今回は手術はしません。インターフェロン投与の為の入院です。この一週間はレコーディングで毎日昼頃自宅を出て、帰宅は夜中2時頃という週でした。普通の体でもハードなスケジュールです。心配ではありましたが、自分の打ち込める音楽が出来るのです。きっとそれが一番なはず。
家にいる束の間は子供と遊んだり、子供が幼稚園の間は最近始めたハワイアンキルトをしたりして主人は過ごしていました。彼は、決して弱音は吐きません。不安な気持ちも表には出しません。ただ夜うなされている日は2004年に発病してから殆ど毎日です。朝起きて尋ねても、本人は全く覚えてないようですが。きっと日中は表に出さない潜在意識にある不安が夜は出るんでしょう・・・
ここからが振り返りです。
2004年9月の主人の術後病院入院中の経過はすこぶる良かったものの、退院してから自宅療養は甘くはありませんでした。やはり病院と家とでは天と地程の差があったように思います。
術後は特に治療という治療もありませんでした。腎臓癌は抗がん剤が効かない種類の癌なのです。再発しなければ治療もないのです。食事の制限もなく辛い抗がん治療もありませんでした。ただ、左の腎臓を全摘出しているので、水分だけはたくさん摂取するよう医師より言われていましたが、なかなか飲んでくれなかったので苦労しました。
私は回復していく主人を見て本当に嬉しかった。もし、もう一度人生があって、主人と結婚して同じことが起こるとわかっているとしても、同じ人生を選んで乗り越えていこうとも思えた。歩くといいというので、主人と二人でいろんなところを歩いて回ったのも今思えば感慨深い思い出・・・
しかし、当時2歳になりたての我が家のやんちゃ坊主はパワフルでなかなか言うことも聞かないテリブル・トゥーズの年頃をむかえていたので、主人にとっては、自分の体が思うように動かないことのストレスに加え、苛立つことも増えていったのを記憶します。
人間、あまりに大変な思いをすると記憶をなくすということがあるが、今の私もあの当時のことは、「地獄のようだった」ということだけで、何がどうだったのかという具体的なことは一切思い出せない。
私の中の気持ちも、主人の回復を喜ぶだけの自分はどこかへ隠れてしまい、何か逃げ出してしまいたい気持ちになったこともありました。
そして次の年2005年を迎えたが定期健診で、肺に怪しい影が見つかった。しかし、それが何なのか、はっきりするには経過を見なくてはいけないとの主治医の先生の話。
そしてそれがはっきり転移であると診断されたのは、夏になり、奇しくも一年前と同じ9月27日に手術をすることとなった。改めて振り返ろうとしても、もうあまり覚えていないのも事実。
主人の肺の機能は人並み以上で手術には問題なかったのを記憶しています。いろんな不安もあったし、相変わらず子育ても大変だった。
主人が腎臓癌にかかった時から、私の中で生まれた気持ちは、自分は大人だからしっかりしなくてはいけない。私よりも本人の方が大変なんだから,私が支えなくてはいけないんだ、私はこの人にもう甘えてはいけないんだということを強く自分に言い聞かせた。この頃はまだ人に主人の病気を話せない自分だったと思います。
そして子供のことも心配だった。子供が将来生きていく中で、万一のことがあっても、たくさんの周りの人たちとの関わりを持つことで必ずそれが支えになると信じ、子供にたくさんの大人の味方を作ってあげようと思いました。
子供には子供の友達は自然と出来るでしょう。でもその世界以外に、大人との関わりもたくさんあれば、きっと支えになると思いました。
私自身、家が自営業を営んでいたので、いつも周りにはたくさんの大人がいて、可愛がられて育ちました。学校から帰っても、仕事師の人達と面白ろおかしいことを毎日お喋りしながら過ごしたことは、私の人生を楽しくしてくれていたからです。
そんな経験から我が子にもそんな環境で育って欲しいと思ったです。
その気持ちは今も同じです。
主人の手術は成功しました。右の肺の腫瘍は取り除かれ、術後の経過も良く、無事退院にいたりました。でも、私の中には、一昨年の、術後の自宅療養でのあの地獄のような日々がまた来るのだと思うと気が重かったことを記憶しています。続きはまた書きます。
家にいる束の間は子供と遊んだり、子供が幼稚園の間は最近始めたハワイアンキルトをしたりして主人は過ごしていました。彼は、決して弱音は吐きません。不安な気持ちも表には出しません。ただ夜うなされている日は2004年に発病してから殆ど毎日です。朝起きて尋ねても、本人は全く覚えてないようですが。きっと日中は表に出さない潜在意識にある不安が夜は出るんでしょう・・・
ここからが振り返りです。
2004年9月の主人の術後病院入院中の経過はすこぶる良かったものの、退院してから自宅療養は甘くはありませんでした。やはり病院と家とでは天と地程の差があったように思います。
術後は特に治療という治療もありませんでした。腎臓癌は抗がん剤が効かない種類の癌なのです。再発しなければ治療もないのです。食事の制限もなく辛い抗がん治療もありませんでした。ただ、左の腎臓を全摘出しているので、水分だけはたくさん摂取するよう医師より言われていましたが、なかなか飲んでくれなかったので苦労しました。
私は回復していく主人を見て本当に嬉しかった。もし、もう一度人生があって、主人と結婚して同じことが起こるとわかっているとしても、同じ人生を選んで乗り越えていこうとも思えた。歩くといいというので、主人と二人でいろんなところを歩いて回ったのも今思えば感慨深い思い出・・・
しかし、当時2歳になりたての我が家のやんちゃ坊主はパワフルでなかなか言うことも聞かないテリブル・トゥーズの年頃をむかえていたので、主人にとっては、自分の体が思うように動かないことのストレスに加え、苛立つことも増えていったのを記憶します。
人間、あまりに大変な思いをすると記憶をなくすということがあるが、今の私もあの当時のことは、「地獄のようだった」ということだけで、何がどうだったのかという具体的なことは一切思い出せない。
私の中の気持ちも、主人の回復を喜ぶだけの自分はどこかへ隠れてしまい、何か逃げ出してしまいたい気持ちになったこともありました。
そして次の年2005年を迎えたが定期健診で、肺に怪しい影が見つかった。しかし、それが何なのか、はっきりするには経過を見なくてはいけないとの主治医の先生の話。
そしてそれがはっきり転移であると診断されたのは、夏になり、奇しくも一年前と同じ9月27日に手術をすることとなった。改めて振り返ろうとしても、もうあまり覚えていないのも事実。
主人の肺の機能は人並み以上で手術には問題なかったのを記憶しています。いろんな不安もあったし、相変わらず子育ても大変だった。
主人が腎臓癌にかかった時から、私の中で生まれた気持ちは、自分は大人だからしっかりしなくてはいけない。私よりも本人の方が大変なんだから,私が支えなくてはいけないんだ、私はこの人にもう甘えてはいけないんだということを強く自分に言い聞かせた。この頃はまだ人に主人の病気を話せない自分だったと思います。
そして子供のことも心配だった。子供が将来生きていく中で、万一のことがあっても、たくさんの周りの人たちとの関わりを持つことで必ずそれが支えになると信じ、子供にたくさんの大人の味方を作ってあげようと思いました。
子供には子供の友達は自然と出来るでしょう。でもその世界以外に、大人との関わりもたくさんあれば、きっと支えになると思いました。
私自身、家が自営業を営んでいたので、いつも周りにはたくさんの大人がいて、可愛がられて育ちました。学校から帰っても、仕事師の人達と面白ろおかしいことを毎日お喋りしながら過ごしたことは、私の人生を楽しくしてくれていたからです。
そんな経験から我が子にもそんな環境で育って欲しいと思ったです。
その気持ちは今も同じです。
主人の手術は成功しました。右の肺の腫瘍は取り除かれ、術後の経過も良く、無事退院にいたりました。でも、私の中には、一昨年の、術後の自宅療養でのあの地獄のような日々がまた来るのだと思うと気が重かったことを記憶しています。続きはまた書きます。
9月5日にデビューした大阪在住のシンガーソングライター
奥村初音という歌手をご存知ですか。
デビューシングル「恋、花火」は亡くなった恋人への想いを綴った歌ということなのですが、本当に切なく、また、この歌を聴いていると、自分が20代の恋愛真っ只中だった頃に引き戻されてしまうような、そんな気持ちになりました。16歳とは思えない歌唱力、写真をみると、まっすぐなものを感じました。
小学生の頃から歌を作りストリートで歌ってきたというその根性と経験が彼女の歌の、何か芯の強さのようなものになっているように思えます。それにしても彼女の歌で、こんなに切ない気持ちになるなんて・・・
ご興味のおありの方は是非一度彼女の歌を聴いてみて下さいね。
「恋、花火」、プロモーションビデオもその枠を超えた切ないストーリーに感動です。
この秋、奥村初音の歌で
あなたも恋した自分を思い出してみませんか
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奥村初音という歌手をご存知ですか。
デビューシングル「恋、花火」は亡くなった恋人への想いを綴った歌ということなのですが、本当に切なく、また、この歌を聴いていると、自分が20代の恋愛真っ只中だった頃に引き戻されてしまうような、そんな気持ちになりました。16歳とは思えない歌唱力、写真をみると、まっすぐなものを感じました。
小学生の頃から歌を作りストリートで歌ってきたというその根性と経験が彼女の歌の、何か芯の強さのようなものになっているように思えます。それにしても彼女の歌で、こんなに切ない気持ちになるなんて・・・
ご興味のおありの方は是非一度彼女の歌を聴いてみて下さいね。
「恋、花火」、プロモーションビデオもその枠を超えた切ないストーリーに感動です。
この秋、奥村初音の歌で
あなたも恋した自分を思い出してみませんか
今日は日本歌曲とオペラアリアの伴奏合わせに行ってきました。
やはり合わせは難しいです。
何が?というと、
伴奏者と同じ世界を描き、同じ心の感じ方をしながら
音楽を進めていく作業とでもいうのでしょうか・・・
これが他の軽音楽などの伴奏と声楽の伴奏との
大きく違うところとでも言えるような・・・
その時その場所で自分の感じていることを
伴奏者に伝えて、伴奏者にもそのように
感じてもらえなくては、
表現として同じものにならないのです。
例えば、悲しみのブレスをしている時に
伴奏者が無感情なブレスでは
同じ音楽をやっているのに
別のことをしているようになってしまうような
感じでしょうか・・・
逆もまた然りです。
今日はその難しさを本当に感じた次第・・・
特に日本歌曲は難しいです。
今日合わせた「藤の花」(團伊玖磨)の課題はまさしく
これです。
そして次に合わせた「花の春告鳥」(小林秀雄)は
本当にテンポの指定が多くそれに忠実に演奏するのには
かなりの歌いこなしと弾きこなし、音楽を噛み砕き消化しきっていなくては無理な程・・・作曲家が生きているだけによけい忠実であらねば
ならないこの辛さ・・・
そしてマノンレスコーとマダムバタフライのアリア・・・
誰か棒振って下さ〜い・・・と
思わず懇願してしまった
これもむずかしや〜
伴奏者との曲作りに時間のかかるこの4曲をメインに
2時間みっちり合わせました。
その後に歌ったカンツォーネの楽だったことといったら
気が抜けるほどでした^^;
来月はこの4曲を主要曲に、残りは歌曲やらアメリカの歌やらで約15曲歌います。
このところ自分の課題は、
「感情のブレス」をすること
「何を表現するのかを具体的に自分がわかって表現すること」
の2つにしぼっていました。
それらの課題も一人だったら出来てたような気がしていたのに、
伴奏合わせをしたらみんな飛んでいってしまったのも事実・・・
ただ歌うだけにならないよう本当に
心の歌を歌えるように
もっと表現力を磨かねばと
思った1日でした。
でも音楽を作り上げる作業は
とてもやりがいのある作業で
今日は母親業だけでなく、
自分らしく生きれた気がしました!
やはり歌えることが私にとって一番の幸せです


やはり合わせは難しいです。
何が?というと、
伴奏者と同じ世界を描き、同じ心の感じ方をしながら
音楽を進めていく作業とでもいうのでしょうか・・・
これが他の軽音楽などの伴奏と声楽の伴奏との
大きく違うところとでも言えるような・・・
その時その場所で自分の感じていることを
伴奏者に伝えて、伴奏者にもそのように
感じてもらえなくては、
表現として同じものにならないのです。
例えば、悲しみのブレスをしている時に
伴奏者が無感情なブレスでは
同じ音楽をやっているのに
別のことをしているようになってしまうような
感じでしょうか・・・
逆もまた然りです。
今日はその難しさを本当に感じた次第・・・
特に日本歌曲は難しいです。
今日合わせた「藤の花」(團伊玖磨)の課題はまさしく
これです。
そして次に合わせた「花の春告鳥」(小林秀雄)は
本当にテンポの指定が多くそれに忠実に演奏するのには
かなりの歌いこなしと弾きこなし、音楽を噛み砕き消化しきっていなくては無理な程・・・作曲家が生きているだけによけい忠実であらねば
ならないこの辛さ・・・
そしてマノンレスコーとマダムバタフライのアリア・・・
誰か棒振って下さ〜い・・・と
思わず懇願してしまった
これもむずかしや〜
伴奏者との曲作りに時間のかかるこの4曲をメインに
2時間みっちり合わせました。
その後に歌ったカンツォーネの楽だったことといったら
気が抜けるほどでした^^;
来月はこの4曲を主要曲に、残りは歌曲やらアメリカの歌やらで約15曲歌います。
このところ自分の課題は、
「感情のブレス」をすること
「何を表現するのかを具体的に自分がわかって表現すること」
の2つにしぼっていました。
それらの課題も一人だったら出来てたような気がしていたのに、
伴奏合わせをしたらみんな飛んでいってしまったのも事実・・・
ただ歌うだけにならないよう本当に
心の歌を歌えるように
もっと表現力を磨かねばと
思った1日でした。
でも音楽を作り上げる作業は
とてもやりがいのある作業で
今日は母親業だけでなく、
自分らしく生きれた気がしました!
やはり歌えることが私にとって一番の幸せです
昨日は幼稚園の参観でした。
出掛けに小雨の降る中自転車で
バザーの手作り商品のあみぐるみ5匹と
紙袋をたくさんもって、子供もカッパを着せて
私も傘を自転車にセットして・・・
幼稚園の参観時は気合が入ります。
普段のラフな格好で行くと
場違いな雰囲気に圧倒されるからです
一応おしゃれしてというか
それなりの格好とバッグと靴も普段の物とは
変えていきます。
いつも帰ったらすごく疲れます。
理由は、お母さんたちとのお喋り・・・
半分は久しぶりに会うお母さんたちとの
お喋りを楽しんではいますが、
半分はやはり社交辞令もあってそれが疲れます。
我が子の園での様子も
くいいるように見ながらのお喋りは大変です
どっと疲れて帰ったのも束の間
数時間後にはお迎えの時間・・・
スイミングスクールの用意をして
早めに迎えに行ってファミレスで時間をつぶして
スイミングに行くと
またまた同じ幼稚園の
今度は別のクラスのお母さんたちと
出会ってしまってまたお喋りに・・・
普段、習い事をする子供について行って
見学しながら待ってる間は、
私にとって子供から解放される
貴重な時間・・・
いつもなら楽譜やら詩の解釈本やら
縫い物、編み物などを持参で行き、
周りのお喋りに花が咲くお母さんたちを
心の中で、半分は、
「よく喋ることあるよな〜
他にすることないのかしら〜」
なんて思ってたりするのですが
今日は参観で疲れてたので
何も持たず手ぶらでスイミングスクールに行ってしまったら
それが間違いの元でした
またお喋りするはめに〜・・・
どっと疲れて帰って早々に夕食を済ませて
子供を寝かし
お待ちかねの
ビールと海外ドラマタイム!!
私の1日はこのビールとドラマだけを
支えに頑張っているようなものです!
今夜のビールは格別でした!
早々と寝てしまったせいで
早く目が覚めてしまいました
もう一回寝ようっと・・・
長々と書いてしまいました・・・
出掛けに小雨の降る中自転車で
バザーの手作り商品のあみぐるみ5匹と
紙袋をたくさんもって、子供もカッパを着せて
私も傘を自転車にセットして・・・
幼稚園の参観時は気合が入ります。
普段のラフな格好で行くと
場違いな雰囲気に圧倒されるからです
一応おしゃれしてというか
それなりの格好とバッグと靴も普段の物とは
変えていきます。
いつも帰ったらすごく疲れます。
理由は、お母さんたちとのお喋り・・・
半分は久しぶりに会うお母さんたちとの
お喋りを楽しんではいますが、
半分はやはり社交辞令もあってそれが疲れます。
我が子の園での様子も
くいいるように見ながらのお喋りは大変です
どっと疲れて帰ったのも束の間
数時間後にはお迎えの時間・・・
スイミングスクールの用意をして
早めに迎えに行ってファミレスで時間をつぶして
スイミングに行くと
またまた同じ幼稚園の
今度は別のクラスのお母さんたちと
出会ってしまってまたお喋りに・・・
普段、習い事をする子供について行って
見学しながら待ってる間は、
私にとって子供から解放される
貴重な時間・・・
いつもなら楽譜やら詩の解釈本やら
縫い物、編み物などを持参で行き、
周りのお喋りに花が咲くお母さんたちを
心の中で、半分は、
「よく喋ることあるよな〜
他にすることないのかしら〜」
なんて思ってたりするのですが
今日は参観で疲れてたので
何も持たず手ぶらでスイミングスクールに行ってしまったら
それが間違いの元でした
またお喋りするはめに〜・・・
どっと疲れて帰って早々に夕食を済ませて
子供を寝かし
お待ちかねの
ビールと海外ドラマタイム!!
私の1日はこのビールとドラマだけを
支えに頑張っているようなものです!
今夜のビールは格別でした!
早々と寝てしまったせいで
早く目が覚めてしまいました
もう一回寝ようっと・・・
長々と書いてしまいました・・・
去年の主人の術後以降この夏まで、
束の間、希望と安心を得た日々が続き、
これがこのまま続けばと心から願う日々でしたが、
主人が病と闘わなくてはいけない時が
またやってきてしまいました。
今は、側にいても、前向きで不屈の魂の主人を感じ、私もこの心に不安の入り込む隙のない位、不思議な位毅然とした自分を感じています。
当初は涙に明け暮れ、現実から逃げ出したい気持ちや、家族以外の人にはこのことを言えない時期も長くありました。話せば、泣き崩れてしまいそうだったからです。私が主人の病気を人に言えるようになるには病気の宣告をされて一年以上たってからだったと記憶します。
私たち夫婦の支えは子供の存在でした。
そして今も我が息子の存在は、
主人を、私を強くし続けてくれています。
この先も負けないように、少しずつこの病気と闘い始めた頃のことを振り返っていこうと思います。
2004年夏、主人は体調不良を訴えていました。
偶然見つけた新聞記事で心療内科へ行き、その時にエコー検査をした。
そして影が見つかる。
エコー検査中、技師の「しんどくないですか?」の一言に、主人は「どこか悪いんか???」との疑問と不安を抱き以降その不安が拭われることはなかった。
そしてそれが何かもわからないまま、更に詳しく検査をすることとなる。結果を聞きに行くと、改めて違う科に予約を取り直して結果を聞いてくれと言われ、心療内科でははっきりしたことは教えてもらえなかった。
病院の不手際さを感じつつ、予約を取り直して、
結局不安な気持ちで結果を待つ間の約3週間が
どれほど長く感じたことか・・・
なぜそこまで長くかかったのかは未だに疑問。
その間家族で旅行へ出かけた。東条湖へ泊まりで行く。
息子はまだその時1歳半だった。
遊園地で無邪気に遊ぶ息子とは対照的に
体調不良と不安でいっぱいの主人と私・・・
旅行から帰りやっと検査結果の日を迎える
結果は、主治医の先生から「悪性腫瘍です」となんのためらいもなく言われた。
私はいろいろな覚悟をしてその場に立会いました。崩れないように必死で気を張っていたのを覚えています。
続きはまた後日に書きます
束の間、希望と安心を得た日々が続き、
これがこのまま続けばと心から願う日々でしたが、
主人が病と闘わなくてはいけない時が
またやってきてしまいました。
今は、側にいても、前向きで不屈の魂の主人を感じ、私もこの心に不安の入り込む隙のない位、不思議な位毅然とした自分を感じています。
当初は涙に明け暮れ、現実から逃げ出したい気持ちや、家族以外の人にはこのことを言えない時期も長くありました。話せば、泣き崩れてしまいそうだったからです。私が主人の病気を人に言えるようになるには病気の宣告をされて一年以上たってからだったと記憶します。
私たち夫婦の支えは子供の存在でした。
そして今も我が息子の存在は、
主人を、私を強くし続けてくれています。
この先も負けないように、少しずつこの病気と闘い始めた頃のことを振り返っていこうと思います。
2004年夏、主人は体調不良を訴えていました。
偶然見つけた新聞記事で心療内科へ行き、その時にエコー検査をした。
そして影が見つかる。
エコー検査中、技師の「しんどくないですか?」の一言に、主人は「どこか悪いんか???」との疑問と不安を抱き以降その不安が拭われることはなかった。
そしてそれが何かもわからないまま、更に詳しく検査をすることとなる。結果を聞きに行くと、改めて違う科に予約を取り直して結果を聞いてくれと言われ、心療内科でははっきりしたことは教えてもらえなかった。
病院の不手際さを感じつつ、予約を取り直して、
結局不安な気持ちで結果を待つ間の約3週間が
どれほど長く感じたことか・・・
なぜそこまで長くかかったのかは未だに疑問。
その間家族で旅行へ出かけた。東条湖へ泊まりで行く。
息子はまだその時1歳半だった。
遊園地で無邪気に遊ぶ息子とは対照的に
体調不良と不安でいっぱいの主人と私・・・
旅行から帰りやっと検査結果の日を迎える
結果は、主治医の先生から「悪性腫瘍です」となんのためらいもなく言われた。
私はいろいろな覚悟をしてその場に立会いました。崩れないように必死で気を張っていたのを覚えています。
続きはまた後日に書きます
















